SIerで働き始めると、多くの若手SEが同じような違和感を抱きます。
「PMの上に、さらに責任者が何人もいるのはなんで?」
「PLや若手が小さな判断をするだけでも“お伺い”が必要なのはなぜ?」
現場を見ると、若手SEから見て最も直接関わるPL、その上にPMがいて、その上に部長、⚪各種責任者、役員、本部長、社長……
“どこまでが判断できて、どこからが上位判断なのか” が分かりづらい構造が存在します。
この記事では、若手SEの視点から、なぜ意思決定ラインがここまで重層化するのか をできるだけわかりやすく整理していきます。
1. SIerの前提は「多重下請け × 契約中心」のビジネス構造
SIerのプロジェクトは、会社を跨いだ階層構造の上に成り立っています。
元請から始まり、一次受け、二次受け、三次受け……という流れが当たり前です。
階層が増えるほど、どこまでが自社の責任なのか、どこからが別会社なのか、説明責任の境界が複雑になっていきます。
結果として、PMより“上”で契約・品質・法務を担保するレイヤーが必要になる。
これが、PMの上に複数の責任者が配置される最も根底の理由です。
2. 人数が増えるほど「管理できる範囲」が限界を迎える
プロジェクトが大きくなると、人も自然に増えていきます。
二次受けが20人、三次受けが15人、さらにオフショアも……となると、PLひとりでは到底見切れません。
組織論には「スパン・オブ・コントロール(管理できる最大人数)」という考え方があり、
一人の管理者が直接見られる人数は おおむね7〜10名程度 とされています。
人数が増えれば、二次受けにもリーダーが必要になり、
それに応じて一次側にも管理者が増え、
PMの管理幅も拡大するため、PMの上位レイヤーがフォローに入る。
こうした連鎖反応が起こり、自然と管理レイヤーが膨張していきます。
3. PMが持てる責任の“外側”を、上位レイヤーが持つ必要がある
若手が最も誤解しやすいのは、「PMが全部決められる」と思ってしまう点です。
実際のPMは、プロジェクト運営の責任を持っていますが、
- 契約
- 法務リスク
- 顧客との中長期関係
- 予算管理
- 品質保証
これらは PM ひとりの責任範囲を超えています。
そのため、PMの判断だけで会社を代表する意思決定はできず、
部長、統括、役員、本部長へと確認が必要になる構造が生まれます。
4. 役職ごとの責任範囲は意外と明確(ただし現場はもっと複雑)
一般的なSIerでは、役割分担は次のように設計されています。
- PL:チームの作業管理・進捗整理
- PM:プロジェクト全体の運営責任
- 部長:予算・契約・重大リスクの判断
- 役員 / 統括責任者:契約全体の最終判断、顧客関係維持
- 本部長:複数プロジェクトを束ねる事業責任
- 社長:法務・賠償を含む最終責任
ただし現場では、この構造が“きれいな図のとおり”になるとは限りません。
現場によっては、PLがPMを兼任していたり、逆にPMが開発責任者を兼ねていたりと、 役職名と役割が必ずしも一致しないケースも珍しくありません。
役職と役割が一致しないことが多く、
それがまた“上に確認するポイント”を増やす要因になっています。
5. 管理行為が評価されやすい構造も、管理層膨張の一因
SIerでは成果が見えづらい技術よりも、管理行為が評価されがちです。
顧客調整、リスク管理、資料作成、説明——
こうした行為は評価されやすい一方で、技術力は可視化しづらい。
そのため、管理スキルを持つ人材が昇格しやすくなり、
結果として“管理の層だけが分厚く見える”構造につながっています。
6. 最も深い理由:大企業の「責任分散カルチャー」
そして最後に、この構造の根底にある最大の文化的要因があります。
それは 責任を分散させる文化 です。
日本の大企業は、欧米に比べて合議制の文化が強く、一人が独断で判断しません。
複数の承認者が関わることで、失敗時の責任を一人に集めない仕組みが自然とできあがります。
結果として、
- 承認者は多層化する
- 判断が遅くなる
- 「お伺い文化」が消えない
という SIer 特有の意思決定構造が完成します。
これは大企業の多くに共通する特徴であり、
SIerに限った話ではありません。
まとめ:この構造は“無駄”ではなく、ビジネスモデルの帰結
PMの上に責任者が多いという現象は、単なる非効率ではなく、 SIerというビジネスモデルと文化が生み出した必然でもあります。
多重下請けであること、管理できる人数の限界、契約や法務の重さ、 役職と役割のズレ、管理スキルが評価されやすい仕組み、 そして大企業特有の責任分散カルチャー。
これらが積み重なることで、どうしてもレイヤーは厚くなります。
構造を理解すると、日々のモヤモヤが減るだけでなく、
「どのレイヤーまでキャリアを伸ばしたいか」という判断もしやすくなります。
この記事が、SIerで働く人の理解の一助になれば幸いです。


