今年の4月からプロジェクトリーダー(PL)的なポジションを任されるようになり、半年以上が経ちました。
最近の日常といえば、毎週のようにやってくるリリース対応と、その次のリリースのための設計・調査・テストに追われる日々です。 ありがたいことに、日々の業務を通じてできることの幅は確実に広がりましたし、タスクを処理するスピードも去年に比べれば格段に速くなっている実感があります。
それなのに、仕事が一向に楽になりません。 むしろ、やればやるほどしんどくなっている気がします。
平日は業務が終わる頃にはエネルギーが完全に切れており、「まあ今週末にやればいいか……」と甘え、土日にサービス残業でタスクを片付ける生活がすっかり常態化してしまいました。 その結果、本来自分が一番力を入れたいはずの個人事業や副業、ブログの更新に回す気力は根こそぎ奪われ、気がつけば自分の人生の時間が会社に吸い尽くされている状態です。
「本業で経験が積めるからいいじゃないか」と自分に言い聞かせてみても、休日の時間を差し出してまでサビ残を続ける日々に意味があるのかといえば、考えるまでもなく答えは「NO」です。
なぜ、仕事ができるようになってきたはずなのに、こんな状況に陥ってしまったのか。 この記事では、過去の私と同じように「仕事を頑張りすぎて、気づいたら自分の人生を安売りしてしまっている人」に向けて、その原因の構造と、ここから抜け出すための割り切り方を整理したいと思います。
先に結論(30秒で分かるまとめ)
長文になるため、まず結論から整理しておきます。
- 原因①(上への顔): 上司や周囲からの「評価」という甘い麻薬に依存し、過剰な業務量を引き受けていた
- 原因②(現場への顔): 「嫌われたくない」という摩擦回避を理由に、デリゲーション(委任)を放棄して自分で巻き取っていた
- 本質: 上にも下にも「いい人」をやった結果、一番雑に扱っていたのは「自分自身の人生(時間・体力)」だった
- 対策: 定時外のリカバリー(サビ残)を完全にやめ、破綻を可視化して自分の時間を買い戻す
この記事で分かること
- 能力が上がっているのに仕事が楽にならない「有能の罠」の仕組み
- 責任感の強い真面目な人がサビ残の沼にハマる心理的ボトルネック
- 本業を「80点」で割り切り、個人の事業や人生にリソースを取り戻すための具体的なルール
前提:最近の私の状況と「違和感」の正体
まず、今回の反省のベースとして、直近の私の状況を整理しておきます。
- 立場: SIer入社3年目。4月からPL的な業務を担当
- 体制: 自社メンバーに加え、ニアショア・オフショアのエンジニアを束ねる立場
- 業務: 毎週のリリースマネジメント、現行システムのバグ調査、設計〜テストの調整、突発的なQA対応
- 現状: 業務効率は上がっているはずなのに、タスクが常に溢れ、土日のサビ残で帳尻を合わせている
客観的に見れば、典型的な「有能の罠」です。
仕事ができるようになり、レスポンスが早くなればなるほど、周囲からは「あの人に頼めば確実」「あいつなら何とかしてくれる」と認識されます。 その結果、業務の難易度も量も加速度的に跳ね上がり、処理能力の向上スピードを仕事の増加スピードが軽々と追い越していくわけです。
そして一番まずかったのは、「週末にリカバリーすればいい」という甘えでした。 平日の所定時間内で絶対に終わらせるという気合いが薄れ、無意識のうちに「自分の休日」を業務のバッファ(予備時間)として差し出してしまっていました。
しかし、冷静に掘り下げていくと、問題は単なる時間管理の甘さだけではありませんでした。 もっと根深い、私自身の「自意識」と「人間関係の甘え」が原因だったのです。
なぜ真面目な人ほど「サビ残の沼」にハマるのか
なぜ、平気で自分の人生の時間を差し出してまで仕事をしてしまうのか。 私自身を振り返って見えてきたのは、3つの自己矛盾でした。
1. 「社内評価」という甘い麻薬
一番痛かったのは、自分の中にある承認欲求でした。
直属の上司や課長、部長が自分の働きぶりを褒めてくれたり、別のチームの人から「〇〇さんたちが君のことをすごく評価していたよ」と聞かされたりすると、正直に言って普通に嬉しいです。 「将来の役員・部長候補だ」なんて煽てられれば、悪い気はしませんし、「その期待に応えなきゃいけない」と無意識に思ってしまいます。
その結果どうなるかというと、炎上や納期遅れを極端に恐れるようになります。 期待されている優秀な自分でいたいからこそ、理不尽なボリュームのタスクが降ってきても「できません」と言えず、アラートも上げず、自分の休日を削って帳尻を合わせてしまうのです。
しかし、立ち止まって考える必要があります。 その評価をもらって、社内の出世レースに勝つことは、本当に自分のやりたいことなのでしょうか?
私の目指す将来像は、社内で偉くなることではなく、「一人でスモールビジネスを営み、自立して生きていくこと」です。 そう考えたとき、社内での一過性の高評価を取るためにサビ残を重ね、自分の事業を作る時間をゼロにしているのは、完全に本末転倒でした。 会社からの賞賛という「麻薬」に酔って、自分の人生のゴールから逆走していたわけです。
2. 「嫌われたくない」という優しさの皮をかぶった逃避
もう一つの大きな原因は、現場のメンバーに対する「嫌われたくない病」でした。
ニアショアやオフショア、あるいは後輩に対して、 「急ぎのタスクを振って嫌な顔をされたくない」 「厳しく突っ込んで関係性をギクシャクさせたくない」 という心理が、常にブレーキをかけていました。
彼らは基本的に定時でスパッと帰ります。成果物に対する責任感も、こちらの期待通りにはいかないことが多いです。 そうなると、「どうせ教えてもすぐにできるようにはならない」「説明するコストを払うくらいなら、仕様を理解している自分がバグ調査をして巻き取った方が早い」と判断してしまいます。
「デリゲーション(委任)ができないのは、相手のスキルや体制の問題だ」と思おうとしていました。 でも、実態は違いました。
差し戻しや教育に伴う一時的な摩擦、相手から「厳しい人だな」と思われる痛みに耐えられないから、自分が手を動かして解決するという一番楽な逃げ道を選んでいただけだったのです。 相手は契約と定時で割り切ってドライに働いているのに、私だけが勝手に「いい人」を演じようとして、勝手に自分の時間を溶かしていました。
3. 一番雑に扱っていたのは「自分自身の人生」だった
上司や会社からの評価を気にして、上にはいい顔をする。 現場のメンバーやパートナーとの摩擦を恐れて、下や横にもいい顔をする。
そうやって八方美人に振る舞った結果、そのしわ寄せはどこに行ったのか?
他でもない、自分自身の人生です。
休日の睡眠時間、リフレッシュする時間、自分の副業や事業を育てるための貴重な体力。 本来、誰よりも自分が大切に守らなければならないリソースを、他人の機嫌や社内評価を買い取るための「バーゲンセール」のように安売りしていました。
「周囲に迷惑をかけたくない」という責任感は、裏を返せば「自分自身に対する無責任」でしかありませんでした。
本業をどう「割り切る」か? 3つの実践ルール
この構造に気づいてから、私は仕事に対する向き合い方を根本から変える必要があると痛感しました。 自分の時間を買い戻すために決めた、3つの実践ルールがこちらです。
① 「定時+許容残業」で終わらない仕事は、体制の破綻とみなす
真面目な人ほど、「終わらないのは自分の能力不足だ」と抱え込みがちです。 しかし、業務効率を限界まで上げても定時外(サビ残)に溢れるタスクは、個人の問題ではなく案件の見積もりや体制の構造的欠陥です。
自分が泥をかぶってサビ残でカバーしている限り、上司から見れば「今の体制とリソースで問題なく回っている」ようにしか見えません。 つまり、サビ残は組織の欠陥を隠蔽し、改善の機会を奪う行為でもあります。
終わらないものは、あえて溢れさせる。 「この期日までにこのリソースでは物理的に収まりません。スコープを削るか、納期を延ばすか、人を追加してください」と冷静にアラートを上げる。 自分の休日を使って無理やり帳尻を合わせるのを、今日限りでやめることです。
② 摩擦を恐れず、デリゲーションのコストを払う
将来的に一人でスモールビジネスを立ち上げるなら、本当に必要なのは「全部自分でコードを書いてバグを直す馬力」ではありません。 限られたリソースの中で、条件をシビアに交渉し、人に役割を任せて動かす力です。
短期的には、人に説明して任せるよりも自分でやった方が圧倒的に早いです。差し戻すのもストレスがかかります。 しかし、その初期コストを払わなければ、来月も半年後も自分がボトルネックであり続けます。
「嫌われたくない」という感情を捨て、「これは契約であり、役割分担である」と割り切る。 定時内で終わらせるために、任せるべき仕事は毅然と任せる痛みを引き受ける必要があります。
③ 本業は「80点で確実に納める場所」と定義する
会社員としての業務において、100点や120点を取り続ける必要はありません。 120点を取りに行った結果として得られるのは、「さらなる過密タスク」と「社内での評判」くらいです。
本業は、求められている基準(80点)をプロとしてきっちり満たし、給料と実務経験を確実に受け取る場所。 そう割り切るべきです。
残りの20〜40%のエネルギーを意図的に残し、それを自分の事業、ブログ、健康、そして本当に大切な人との時間に注ぎ込む。 どちらが欠けてもいけませんが、リソースの配分比率を間違えてはいけません。
まとめ:社内の「優秀な兵隊」で終わらないための生存戦略
会社の中で評価され、頼りにされること自体は決して悪いことではありません。 若手のうちに泥臭く働いて得たスキルや経験は、間違いなく今後の武器になります。
しかし、それが「自分の人生の時間を差し出すこと」と引き換えになっているなら、一度立ち止まるべきです。
会社はあなたのキャリアや将来の事業の面倒までは見てくれません。 どれだけ社内で「役員候補だ」と煽てられたとしても、体を壊したり、自分の夢を諦めたりしたときに責任を取ってくれる上司はいないのです。
- 上からの社内評価という麻薬を手放す
- 下や横に対する「嫌われたくない病」を手放す
- 自分の人生の時間をダンピングするのをやめる
なりたい自分から逆算したとき、今本当に差し出すべきものは何で、守るべきものは何なのか。 私もまだまだ道半ばですが、社内の「都合の良い便利屋」を卒業し、自分の時間を自分の手に取り戻すための生存戦略を実行していこうと思います。



